虹色ロリポップキャンディー

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プリチャンに感じる物足りなさ

4月から始まったプリティーシリーズのキラッとプリチャン毎週欠かさず見ていて楽しんでいます。

それでもプリパラロスのせいか何か物足りなさを感じてしまいます。

それが何なのか考えていきたいです。

 

プリティーシリーズといえば何かと尋ねられるとなんと答えるでしょうか。

女児向けとは思えない重厚なストーリー、鮮やかなCGによるライブパート、はちゃめちゃなキャラクターなど人によって様々だと思います。

これらがプリチャンに足りないかと言われるとそうとは思いません。

ホビーアニメは少なくとも半年、たいていは1年かけて1つの作品として完成します。

そもそも以前のシリーズとは異なったシリーズであり、まだ初めて2ヶ月ほどの作品にこれらに匹敵するものを求めるのは酷でしょう。

でもどこかでプリティーリズムやプリパラと比べてしまう自分がいます。

 

私は以前にもこのような物足りなさを感じていました。

それはプリパラ、アイカツ仮面ライダープリキュアです。

これらの作品は視聴を断念してまったことがあります。

しかし、プリパラ、仮面ライダープリキュアは復帰しています。

一方で、アイカツは復帰しませんでした。

 

プリパラとアイカツ仮面ライダープリキュアこれらには明確な違いがあります。

それは1年で確実に完結するかどうかという点です。

あまり合わない作品であっても1年という明確な時間が見えていれば、ある種の諦めと覚悟で視聴することもありますし、新番組で復帰すればいいやとあっさり視聴を辞めることもできます。

実際、私はそうでした。

新番組になれば、当たり前ですが、設定も登場人物も一新されます。

見なかったときの知識は必要ありません。

復帰を阻むものはありません。

 

しかし、プリパラとアイカツはそうではありません。

おそらく4月でひとまず終わるだろうと思いますが、そのあと第2シーズンが始まるのかあるいは新番組になるのか想像できません。

新番組になればいいですが、いざ復帰したときに全く知らないキャラクターがいたり、キャラクターが成長したりします。

物語の中のキャラクター同士は友達なのに視聴者は初対面であったり、自分が知っているキャラクターではなくなっています。

物語に没入できなくなります。

つまり、視聴しなかった分だけ復帰するときの障害が増えていきます。

この差はかなり大きいです。

実際、これによりアイカツは復帰できませんでした。

 

まずはアイカツについて述べていきたいです。

先に言ったようにアイカツは復帰できませんでした。

大空あかりに主人公が変わってしばらくは見ていましたが、そのうちに見なくなってしまいました。

何が物足りなかったのか。

私の中で結論は出ていて、それは星宮いちごという存在です。

不満はないのに、心のどこかで星宮いちごを求めてしまっていました。

地続きの世界観であるがゆえに、その存在が頭から離れませんでした。

 

では、新シリーズが始まったアイカツスターズはどうだったか。

これも最初は見ていましたが、徐々に見なくなっていきました。

なぜか、これも同様で、星宮いちごという存在がいないからです。

新シリーズであれば復帰するいい機会であり、世界観も一新されるのにどうして見なくなったのか。

なぜこの理由として、星宮いちごの存在が挙げられるのか。

これには1つ思い当たるものがあります。

アイカツに参加した声優、具体的に言えば諸星すみれの起用です。

一見するとアイカツ視聴者を喜ばせるものだと思いますが、私には星宮いちごを想起させる存在としてうつりました。

星宮いちごはいないとわかっていながらも、それを思い出させる存在がいる。

視聴する理由の1つである諸星すみれの起用が、かえって星宮いちごの不在を際立たせていたのです。

一方で、アイカツの短編があるということで、劇場版も見に行きました。

面白いと感じながらも結局復帰しませんでした。

先に述べたものが障害となっていたからです。

ここで感じた面白さとは、結果としてこの障害を上回るものではありませんでした。

 

では、なぜプリパラは復帰できたのか。

プリパラを見始めた当時の私はプリティーリズムのストーリー、音楽に慣れきっていました。

それがプリパラにも当然あるだろうと。

しかし、そうではありませんでした。

それは当たり前です。

プリティーリズムとプリパラは全く異なる作品なのですから。

特に不満もなく満足しながらも徐々に見なくなってしまいました。

復帰するきっかけとなったのは劇場版プリズムツアーズです。

プリティーリズムの世界観に飢えていた私は、当然のように映画館へと向かいました。

そこで出会ったのが、「HAPPYぱLUCKY」です。

これは直感的なもので何が良かったのか説明しにくいです。

あえていうなら、プリパラらしさが感じられたからです。

家に帰った私は、ためていた録画を消化していきました。

そこでやっと私は、プリパラはプリティーリズムとは違うことに気づきました。

具体的に何かと問われると言葉にしにくいです。

ハチャメチャなところなんでしょうか。

 

ここで言いたいことはプリパラとプリティーリズムは「違う作品」であるということです。

ここに気づくかどうかです。

当たり前のことですが、これを「体験」するかどうかが大きなことなのです。

アイカツでは、頭では理解できていましたが、体感できたかというと微妙です。

アイカツに復帰できず、プリパラに復帰できたのは理由がこれです。

仮面ライダープリキュアだと当たり前にできていたことなのですが、不思議なものです。

 

以上のことから考えると、復帰に必要なものはその作品の魅力、それがその作品オリジナルなもの、更にいうと以前の作品とは異なる価値観を提示するものであり、それを体得できるかどうかだと思います。

しかし、そこに至る小さなきっかけも必要です。

それはその作品の魅力を垣間見させるものだと思います。

それストーリーなのか、キャラクターなのか、今回はライブシーンでした。

 

プリティーシリーズを贔屓目に言うと、ライブシーン、特にジャンプやメイキングドラマは強いです。

理屈を超えた直感的な凄さがあります。

 

プリティーリズムにハマった理由にも思い当たります。

Mirage JET」の幻想的なライブシーンがきっかけでした。

レインボーライブでは「Rosette Nebula」で更に引き込まれました。

プリパラ3期ともなると、ライブによってユニットの完成を見ました。

アイドルタイムプリパラだと、「ブランニューハピネス」でらぁらの新しい魅力に気づかされました。

 

これらを踏まえると、最初のプリティーシリーズといえばという質問自体がナンセンスです。

シリーズを貫くものはあとから気づくものであって、最初から求めてはいけなかったのです。

 

では、プリチャンに感じる物足りなさとは、何だったのか。

それは、プリチャン自体の魅力だと考えられます。

プリティーシリーズらしさなどという得体のしれないものではありません。

それを求めだすと過去作に否が応でも引っ張られます。

そして、プリチャンの魅力は一朝一夕できるものではありません。

また、体験によって得られるものであり、個人によって様々なものです。

他人が面白く感じても自分はそう思わなかったりします。

少なくともその芽が出た時を逃さないようにしていきたいです。